実在の武将の名から見る『戦国自衛隊』2。

 続けます。 
 
 
 ☆長尾景康
  140524_0950_006---_thumb1[1]
 
 景虎の兄で長尾家当主・越後守護代(史実では違う)。
 和議の席で黒田秀忠と対峙するが行き違いが生じ、
 黒田勢との斬り合いになる。
 
 その時たまたま島田が警護し黒田家家臣・平八郎に、
  140524_0950_006 - コピー (2)_thumb
 島田(機関銃を携帯)が説得を試みるが、
 島田ともども斬られてしまう。
 
 だが、そこで撃っていれば家中は面倒な事になっていた。
 なにしろ景虎は「青岩院危篤」のため不在で、
 しかも、それはウソだったのだから。
 景康が死んだことで長尾家は景虎の下で、
 まとまらざるを得なかったわけ。
 
 まさしく運命のいたずらであった。
 
 ☆斎藤朝信
 
 歴史マニアの斎藤が伊庭に従う決意をしたとき、
 脳裏に浮かび口にした武将の名。
 
 さすが「歴史の修正者」を自認した、
 斎藤の後の姿に相応しく、
 謙信が死去した後の内乱「御館の乱」では、
 景勝を支持。
 
 越後斎藤氏は知る人ぞ知る地元の名族。
 だが、なぜか生没年が、はっきりしないのも、
 なんだかそそる。
 
 ☆武田信玄
 
 ラストシーン(「弐」)に名前のみ登場。
 斎藤が甲斐に対し「武田信玄になるのでは」と推測したのは、
 甲斐のニックネームが「虎」だったから。
 
 ☆黒田秀忠
  140524_0950_006---_thumb1
 
 黒田家は元々、越後守護職・上杉家に仕えていたので、
 守護代・長尾家には従う立場にあるものの、
 上杉家に仕える。という意味では同格の家柄である。
 
 島田隊、最初の戦闘が黒田方の先発隊。
 圧倒的な戦力を知った秀忠は島田隊を味方に付けようとし、
 伊庭にも直接、会うが中立を標榜する伊庭の考えが理解できない。
 
 最後は伊庭との一騎打ちの末、討ち取られるが、
 旗幟を明らかにし長尾方に付いた伊庭を見て、
 歓迎のセリフを吐き笑みを浮かべるあたりは、
 さすがに謀反を起こしただけあって胆が据わっている。
 
 
 P.S.リリウムのポスター。
   140517_1336~02
 
 
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