実在の武将の名から見る『戦国自衛隊』1。

 舞台『戦国自衛隊』に登場した、
 実在の武将の名。
 
 そこから物語を少し追ってみたいと思います。
 史実の方はWikipediaを。
 
 ベリメンの配役は、こちら。
 
 ☆長尾景虎。
 
 伊庭ら三島隊との出会いはタイムスリップ後の、
 三島隊が黒田方の先発隊を退けた直後。
 さすがにあれだけの戦力を見れば、
 黙っていられなかったようで、
 その場で味方になるよう誘っている。
 
 結局、味方になる前に(ウソの)和議の話が持ち上がり、
 伊庭に立ち合いを頼み込むが(土下座してまで)、
 彼はその和議の席にはいない。
 生母・青岩院の危篤の報(これもウソ)に接し、
 彼女の下に向かっていたから。
 
 和議なんてウソだから当然、行き違いが生じる。
 それは斬り合いに発展し(これが劇中1回目の長尾・黒田の戦闘)、
 その中で兄(当主)の景康が討ち死に。
 景虎は新しい当主となるが納得していない。これも当然。
 
 その後、伊庭は味方に付き2度目の戦闘が始まるも、
 煮え切らない思いが消えぬまま陣中に飛んできた矢から、
 伊庭を庇って死亡。
 
 「歴史の修正」のため味方したはずの伊庭は、
 否応なく「長尾景虎」として「歴史の執行者」となる。
 
 なお謙信は49歳で死去したことになっているが、
 伊庭の年齢は、どう考えても20~30代なので、
 10~20年は年長になってるはず。
 
 ☆青岩院
  140524_0950_006 - コピー
 
 「虎御前」の名でも知られるものの、
 本名は判っていない。
 
 本作での彼女は、ひたすら、
 「景虎ちゃんLOVE!家督を継がせたい」。
 それが彼女の行動原理になっている。
 
 ウソの和議の使者として単独で黒田秀忠に会うかと思えば、
 (僧籍に入っているので行動の自由は利く)
 これまたウソの危篤情報で景虎を和議の席から呼び出す。
 結果、景康は死亡し景虎が家督を継ぐが、
 その景虎も死亡し、伊庭の申し出を受け、
 「長尾景虎」として受け容れ家中に取り計らう。
 
 だがそこに伊庭を代わりの息子に。という様子は見えない。
 彼女にとっては死んだ景虎は、あくまで「あの景虎」。
 伊庭を「景虎」とした方が家中にはベストだと思ったのだろう。
 
 どこの馬の骨とも判らない伊庭を、
 「景虎」として納得させるには青岩院の力が不可欠。
 だが黒田秀忠の謀反が治まったばかりでもあり、
 まとめやすい状態だったのではないだろうか。
 
 
 続けます。
 
 
 P.S.お花たち。
  P5170179
  P5170180
 
 
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